歴史の街、首都ダマスカス

「歴史の街」なんて言い方をすると曰くありげだが、実際に紀元前2000年から街として存在してきたというから恐るべきですねえ。 正直言ってここでダマスカスの歴史なんぞを書き始めると、参考書か旅行ガイドの丸写しになるので割愛致しますです。 現実のダマスカスは、シリアの首都であり、中近東らしい雑然とした街であった。  所詮は一日だけの駆け足観光ではあったが、それでも奥の深い街だなって印象は漠然と感じられた。スーク(市場)なんて広大な敷地にいろんな店があって、ここだけで2・3日は過ごせそう。  まあ、固い事は抜きにして、街の雰囲気や見どころなんぞをご紹介しましょうか。

国立博物館(入り口)

どこの国にでもある、ありがちな国立博物館である。 壁に遺跡の出土品を埋め込んでいるのもありがちな話で、世界最古のアルファベットが彫られたウガリットの石板や、後述のマリ遺跡からの出土品、ドゥラ・エウロポス遺跡の壁画等、シリアの国宝ともいえる品々が展示されている。 
でもねえ・・・

こんなん見せられると、別にわざわざ遺跡の壁から剥がして来なくてもいいんじゃないかって気がするんだけど・・・。 壁画みたいに退色するとか、土器みたいにほっとくと壊れるとかならまだしも、こんなふうに外壁のオブジェにするだけなら、現地で保存策を考えてもいいように思えるんだよねえ。
旧市街の城砦

ダマスカスの歴史を象徴するのが、この旧市街地でしょう。 何と本当に街全体がこのような城壁で囲まれているのだ。  歴史的な建物はこの城壁の中に集中している。 内部は入り組んだ迷路のようで、実際にこのツアーでもビデオ撮影に夢中になってはぐれてしまった人がいるくらいだ。
 
そしてやっぱり・・・

こんなものも城壁のそばにあったりする。 確か英雄サラディーンの銅像だと思う。
んで、これが

サラディーン廟です。 ↑の銅像の英雄(十字軍の襲撃からダマスカスの街を守った)であるところサラディーンの墓所って事です。 まあ、イスラム教徒でない我々にとってはただの墓でしかないんだけど、観光地にはつきものですよね、こういうのは。 あー、そんな事を言うと遺跡自体がそんなものか・・・。 手前のガラスケースに入っているのが本物の柩で、奥の白いのはドイツから贈られた石棺って事です。
スーク(市場)の入り口

ここがダマスカスの最大の見どころとも言われるスークの一つスーク・ハミディーエ(の入り口)になります。 市場ってだけあって、金銀宝飾品から絨毯、民族衣裳、香辛料など何でも売っているので、見ていて飽きないのだ。 
スークの内部

中はこんな感じになっている。 見れはわかると思うけど、日本でいえばアメ横とか大須商店街みたいな場所ですね。 でも、ここはメインストリートで、奥の路地の方にもいろんな店が軒を並べているのだ。 ちなみにこの時はかなり人出が少なかったらしい。 こんな雰囲気の場所に行くと、何か買いたくなってしまうのが人の心というもので、私もこの辺の民族衣裳なんぞ買ってしまいました。 一度、冗談で着てみただけで、二度と着る事は無かったですねえ。
 
アゼム宮殿

1749年にオスマン朝のダマスカス知事であるアッサード・パシャ・アルアゼムなる人物がが建てた。 現在は民族博物館として公開されているんですけど・・・。
良く見ると、

外壁はモザイク模様で覆われているのがおわかりになるでしょうか。 
中身はこんな感じ1

各部屋の内部には、工芸品や装飾品、楽器などを展示してある。 ちなみに輿の左側にいるのは人間ではありません。 こんな風に人形で当時の生活やらを再現している所もあるらしい。
中身はこんな感じ2

これなんか見ていて思わずため息が出ましてね。 全部、正真正銘の螺鈿細工だそうで、やはりいつの時代でも金持ちは違うなあと思わせます。 自分の家に欲しいとは思わないけどね。
郊外はこんな風

歴史の街ダマスカスも郊外まで出ればこんなになります。 というか、実はパルミラへの途中で見た光景なんですけどね。 シリア砂漠で生活する遊牧民が飼っている羊達ですね。 現在放牧中といった所ですか。
時々、こんな羊がいる他は、何も無い荒野が延々と続いているのだった。 ダマスカスは言ってみればオアシスに出来た街なんだそうな。
移動はバスで。

シリアでもヨルダンでも移動は基本的にバスを使います。 主要都市や観光地は言うまでもなく、ほんの小さな村にまでバス路線が張りめぐらされているらしい。
バス自体は結構いいバスで、多くは日本等から輸入した車を使っているらしい。
休憩中に撮った一枚だけど、本当に何も無いというのがよくわかるでしょ。